開業医インタビュー:不安・焦りを乗り越え、師匠と呼べる先生との「出会い」を原動力に開業

院長 尾崎亘弘 先生
ー若手歯科医師に贈る、開業までの道のりー
今回は、若手歯科医師や歯学生に向けて、ある歯科医師経営者のキャリアストーリーをご紹介します。
理想のキャリアを築くために、どのような悩みや出会いがあり、何を大切にしてきたのか。
大阪府貝塚市で開業する尾崎亘弘先生のリアルな体験談から、ぜひあなた自身の未来を考えるヒントを見つけてください。
■ 開業のきっかけ 〜「焦り」が自分を動かした〜
尾崎先生)実は私は、高校時代は理系の研究者を志していました。
しかし共に教員をしていた両親からは「サラリーマンは向かないのでは?」「資格があった方がいいのでは?」と勧められ、また身近に医師や薬剤師など医療従事者の親戚がいたこともあり、歯学部に進学しました。
大学(東京歯科大学)時代は、同期を含め周りには歯科医師の家系出身(2世、3世)が多く、一方自分はそうではないという状況。友人たちとは違い、自分は戻る場所(歯科医院)がないことに強い「焦り」を感じていました。
「このままでは、行き場がない」その想いが、誰よりも必死に授業・実習に食らいつく原動力となったといいます。
■ キャリアを変えた出会い
私には、キャリアに明確に影響を与えて下さった3名の歯科医師の先生がいます。
1.若松宏幸先生(大阪・若松歯科医院)
キャリアを変えた出会いとまず聞いて思い出すのは、若松宏幸先生(大阪・若松歯科医院)です。弓道部の先輩であり、自分と同じく医療系の出身ではないという共通点もありました。
私にとって若松先生は、「親分肌」「アニキ肌」で、人を大切にするカリスマ的存在で、
そんな若松先生のもとで私は「常にwin-winの関係を考える姿勢」と「開業を目指すなら三方よし、自分以外の人たちにとっても自分にとってもメリットのある行動・判断すること」とを学びました。
2.眞坂信夫先生(接着学会、スーパーボンド創始)
接着技術の第一人者であり、技術と理念の両面から影響を受けました。
3.井上孝教授(東京歯科大学 臨床検査学)
ビジョンや理念を持って医療に向き合う姿勢を、学生時代から叩き込まれました。
これらの出会いが、のちに「地域に根差した、若手が切磋琢磨できる医院づくり」へとつながっていきます。
■ 開業までに意識していたこと

私は元々、「卒後10年までには開業しよう」と早くから目標を定めていました。
そのため、日々の勤務医生活の間はすべてが「学び」と捉え、関わる周りの方々すべてに感謝しながら取り組んできたといいます。
ただ一つ、心の中にあったのは、「私は恩師である若松先生のようにはなれない」という自覚です。若松先生のように、一人で多くの患者さんに圧倒的なサービスを提供するスタイルは私には向いていない。そうではなく、仲間と切磋琢磨するチーム医療を目指したい、そう思うようになりました。
その想いはやがて、「地域医療を支え、若手が育つ医院を作りたい」という想いに自然に育ち、ゆっくりと確実に芽生えていきました。
現在では、ユニットが16台、メンバーは
- ドクター:9名
- 歯科衛生士:13名
- 歯科助手・クリーンスタッフ:14名
- 事務局:4名
という、とても心強く大きなチームに育っています。
■ 学生・研修医時代に苦労したこと
学生時代は特に、周囲の友人たちが「常識」のように知っている歯科治療(キュレット、クラスプ、、など)に全くピンとこなかったことが焦りの根源でした。
また、研修医・勤務医時代には、「自分には特別な武器がない」というコンプレックスを感じることもありました。だからこそ私は専門医・認定医・博士号などの資格取得を強く意識しました。持たざる者から、武器を持つ者へと成長したい。その想いがキャリア形成の原動力になったと振り返ります。
■ 若手歯科医師・学生へのメッセージ
【学生へ】
歯科医院でアルバイトを経験することで、大学で学んだ知識が現場でどのように活かされるかを実感できます。実際の診療に触れることで、学びがよりリアルなものとなり、将来のビジョンも具体的に見えてくるでしょう。
【研修医・勤務医へ】
学会の認定医や専門医の取得を目指し、自分が「何者であるか」を明確にすることがキャリア形成をスムーズに進める鍵となります。自分の専門性が確立されることで、患者さんとのミスマッチも減り、互いに信頼できる医療関係が築けるのです。興味や関心を深めて得意分野を磨き、その道で生きていくことで、医療者としての喜びを感じられるでしょう。
